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「四十初感」 芝田清次後援会VTR

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「花雲水」を読んで、その深い教養と、商いへの真摯な姿勢に感動しました。


『あぁ~、芝田さんが生きていたら、直接お話しが聴きたかったなぁ~・・・』

と思っていたら、なんと講演VTRがありました!

「叶匠寿庵 芝田清次講演会」


昭和63年ですから約20年前。
まだ出来たばかりの「寿長生の郷」に伺って、
芝田さんから直接話を聴いているのは、若き日の父の姿です。

YouTubeにUPした映像は、芝田さんが39歳の誕生日を3日後に控え、
大津市より観光課長就任を打診され、
母の墓前に花を手向けて相談したところ、突然の夕立に襲われる、
というところから始まります。

雨宿りに本堂に入ったところ、一枚の色紙が目に飛び込んできた。

「四十初感 五十立志 六十精励 七十成就」

この吉川英治さんの色紙を見たとたん、
雷に打たれたように感動し、
「あぁこれが母の答えか!」
と、充実した大津市職員を退職。

3ヶ月後、まったく経験のない和菓子の世界に飛び込むことになるのです。

『初感』とは、失敗を繰り返しながらも人生の経験を積み、
天職との出会いを感じる時とのこと。

私も39歳の誕生日に、この本、このVTRに出会えて良かった。

隻眼の菓匠

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P1020360
叶匠寿庵創始者・芝田清次さん

昭和12年に盧溝橋事件に端を発して開戦した日中戦争。
芝田さんは初等教育がすむかすまないかの一つ星の新兵として、
中国大陸の最前線の部隊へ従軍していた。

昭和14年、10名ほどの小隊の一員として夜間の敵情偵察中、
隊員の一人が地雷を踏みぬき、芝田さん他3名以外はその場で即死した。

3名でしばらく身を寄せて隠れていたが、
夜明け近くに移動をしようとしたところを狙撃兵に狙い撃ちにされた。

弾丸は左のこめかみに命中し、斜め左目へと突き抜け、
眼球の三分の二ほどを吹き飛ばした。

奇跡的に一命は取り留めたが、左目は義眼となった。



この壮絶な経験が、芝田さんを尋常でない生き方、
亡くなった戦友の分まで、自分の命を大切に、
世のため、人のために生かしきることに繋がったのではないかと推察します。

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