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水ようかん販売開始

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瑞々しくやわらかな口どけの「水ようかん」の販売を開始いたします。
和菓子人
私が和菓子の道に進もうか迷っていた22歳の夏。菓匠京山さんで食べた「水ようかん」に衝撃を受け、佐々木勝先生に頼み込んで弟子にして頂きました。今でもその時の感動を忘れたことはありません。(このあたりの詳しいエピソードは、和菓子の本棚「和菓子人」参照)
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尊敬してやまない菓匠・水上力さんは、著書の中で「あんこの「色気」を追い求めて」に実に8ページを費やしています。究極的なところ、和菓子の本質は「あんこ」であり、美味しいあんこを楽しんで頂くこと。あんこそのものにさえ「色気」を感じるほどに炊き上げること。そのことに情熱を超えた執念さえ感じ、狂おしいほどに「色気」を湛えたあんこを追い求めることが大切だと書かれています。

そのためにできるすべての工程を愛おしく思い、楽しみたいと思っています。
P1030076
北海道のあずきといっても、産地も違えば品種も様々。これほどまでに多種多様なあずき文化を誰よりも大切し楽しむことができる菓子職人でありたいものです。
P1000980
あずきの灰汁をとることを職人は「渋切」といいます。何回渋切するのかに職人の心意気が表れています。できあがりの「色」と「風味」に大きく影響しますが正解はありません。どこに「色気」を感じるか、その哲学があらわれます。
P1010563
P1010561
P1010565
P1010567
P1010572
P1010588
きめ細かく裏ごしし、丁寧に晒し、思いっきり絞り、しっかりと芯まで炊き上げます。
あんこの色については水上さんの著書の名文を引用します。

紫色でもない、藤色でもない、えんじ色でもない、私だけの「小豆色」
和菓子職人 一幸庵 水上力 P.70)

連日の猛暑で甘いものはちょっと…と思っていたとしても、水ようかんだけは別格。
そう思っていただけるように、どんなに暑い中でも、私だけのあずき色を求めて、私たちは色気あるあんこを炊き続けます。
(2018年7月初稿 2020年一部補足再掲)

ささのしずく販売開始

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平成7年(1995年)、修行を終えて故郷に帰ってきた。

そして夏。

一番夏らしい和菓子を故郷でも作りたいと思った。
青竹流しの水羊羹だ。
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当時(私の知る限り)、群馬県では1軒も作っているお店はなかった。
「ウチのような町はずれの店で作ったところで売れるのか?」
不安がよぎった。
P1010116
青竹の青さははかない。
3日もすれば黄色くくすんでくる。
だからこそ青竹は鮮度の象徴でもある。

毎日しっかり売り切らなければ、作ってもロスになってしまう。
美味しく作る自信はある。
問題は「売れる」かだ。

また青竹の1回の仕入れは400本。
400本を売り切ることができるのか。
菓子倶楽部 水羊羹
高崎でもっとも尊敬している菓匠のIさん、その弟子のOさんに相談した。
(写真は「高崎菓子倶楽部」という勉強会での1枚。1999年5月)

「一緒に青竹水羊羹作りませんか」

そして400本の青竹を買って3人で分けた。
Iさん200本、私とOさんで100本づつ。
すべてはここから始まったんだ。
ささのしづく2
15年前、1シーズンで100本売るのが精一杯だった。
今では1ヶ月で1,000本以上買って頂けている。
盛夏の定番商品に育った。

群馬で、高崎で、青竹の水羊羹が当たり前に買えるようになった。
私たちは一つの文化を作った、と少しだけ誇りに思う。

どうせなら文化を作るような和菓子屋を目指したい。





この記事は2010年7月に書いたものです。
青竹水羊羹「ささのしずく」の販売開始にあたり、原点を見つめ直す思いを込めて、再掲させていただきます。

今年も青竹流し本水羊羹「ささのしずく」の販売が始まりました!

水ようかん販売開始

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mizuyoukan1
瑞々しくやわらかな口どけの「水ようかん」の販売を開始いたします。

私が和菓子の道に進もうか迷っていた22歳の夏。菓匠京山さんで食べた「水ようかん」に衝撃を受け、佐々木勝先生に頼み込んで弟子にして頂きました。今でもその時の感動を忘れたことはありません。(このあたりの詳しいエピソードは、和菓子の本棚「和菓子人」参照)
IMG_1831
尊敬してやまない菓匠・水上力さんは、著書の中で「あんこの「色気」を追い求めて」に実に8ページを費やしています。究極的なところ、和菓子の本質は「あんこ」であり、美味しいあんこを楽しんで頂くこと。あんこそのものにさえ「色気」を感じるほどに炊き上げること。そのことに情熱を超えた執念さえ感じ、狂おしいほどに「色気」を湛えたあんこを追い求めることが大切だと書かれています。

そのためにできるすべての工程を愛おしく思い、楽しみたいと思っています。
P1030076
北海道のあずきといっても、産地も違えば品種も様々。これほどまでに多種多様なあずき文化を誰よりも大切し楽しむことができる菓子職人でありたいものです。
P1000980
あずきの灰汁をとることを職人は「渋切」といいます。何回渋切するのかに職人の心意気が表れています。できあがりの「色」と「風味」に大きく影響しますが正解はありません。どこに「色気」を感じるか、その哲学があらわれます。
P1010563
P1010561
P1010565
P1010567
P1010572
P1010588
きめ細かく裏ごしし、丁寧に晒し、思いっきり絞り、しっかりと芯まで炊き上げます。
あんこの色については水上さんの著書の名文を引用します。

紫色でもない、藤色でもない、えんじ色でもない、私だけの「小豆色」
和菓子職人 一幸庵 水上力 P.70)

連日の猛暑で甘いものはちょっと…と思っていたとしても、水ようかんだけは別格。
そう思っていただけるように、どんなに暑い中でも、私だけのあずき色を求めて、私たちは色気あるあんこを炊き続けます。

文化を作る和菓子屋を目指そう!

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平成7年(1995年)、修行を終えて故郷に帰ってきた。

そして夏。

一番夏らしい和菓子を故郷でも作りたいと思った。
青竹流しの水羊羹だ。
sasa
当時(私の知る限り)、群馬県では1軒も作っているお店はなかった。
「ウチのような町はずれの店で作ったところで売れるのか?」
不安がよぎった。
P1010116

青竹の青さははかない。
3日もすれば黄色くくすんでくる。
だからこそ青竹は鮮度の象徴でもある。

毎日しっかり売り切らなければ、作ってもロスになってしまう。
美味しく作る自信はある。
問題は「売れる」かだ。

また青竹の1回の仕入れは400本。
400本を売り切ることができるのか。
菓子倶楽部 水羊羹
高崎でもっとも尊敬している菓匠のIさん、その弟子のOさんに相談した。
(写真は「高崎菓子倶楽部」という勉強会での1枚。1999年5月)

「一緒に青竹水羊羹作りませんか」

そして400本の青竹を買って3人で分けた。
Iさん200本、私とOさんで100本づつ。
すべてはここから始まったんだ。
ささのしづく2
15年前、1シーズンで100本売るのが精一杯だった。
今では1ヶ月で1,000本以上買って頂けている。
盛夏の定番商品に育った。

群馬で、高崎で、青竹の水羊羹が当たり前に買えるようになった。
私たちは一つの文化を作った、と少しだけ誇りに思う。

どうせなら文化を作るような和菓子屋を目指したい。

この記事は2010年7月に書いたものです。
青竹水羊羹「ささのしずく」の販売開始にあたり、原点を見つめ直す思いを込めて、再掲させていただきます。

今年も青竹流し本水羊羹「ささのしずく」の販売が始まりました!

文化を作る和菓子屋を目指そう!

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この記事は2010年7月に書いたものです。
Blog引越の際に写真が消え、魅力が半減していました。
写真を追加し7年ぶりに再掲いたします。


平成7年(1995年)、修行を終えて故郷に帰ってきた。

そして夏。

一番夏らしい和菓子を故郷でも作りたいと思った。
青竹流しの水羊羹だ。
sasa
当時(私の知る限り)、群馬県では1軒も作っているお店はなかった。
「ウチのような町はずれの店で作ったところで売れるのか?」
不安がよぎった。
P1010116
青竹の青さははかない。
3日もすれば黄色くくすんでくる。
だからこそ青竹は鮮度の象徴でもある。

毎日しっかり売り切らなければ、作ってもロスになってしまう。
美味しく作る自信はある。
問題は「売れる」かだ。

また青竹の1回の仕入れは400本。
400本を売り切ることができるのか。
菓子倶楽部 水羊羹
高崎でもっとも尊敬している菓匠のIさん、その弟子で友人のOさんに相談した。
(写真は「高崎菓子倶楽部」という勉強会での1枚。1999年5月。みんな若い(笑))

「一緒に青竹水羊羹作りませんか」

そして400本の青竹を買って3人で分けた。
Iさん200本、私とOさんで100本づつ。
すべてはここから始まったんだ。
ささのしづく2
15年前、1シーズンで100本売るのが精一杯だった。
今では1ヶ月で1,000本以上買って頂けている。
盛夏の定番商品に育った。

群馬で、高崎で、青竹の水羊羹が当たり前に買えるようになった。
私たちは一つの文化を作った、と少しだけ誇りに思う。

どうせなら文化を作るような和菓子屋を目指したい。

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