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和菓子ルネッサンス宣言!

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明けましておめでとうございます。
微笑庵は元旦のみお休みを頂きます。

2日から初売り。
3日は水曜日ですが、午前中のみの短縮営業。
4日から通常通り営業いたします。

今年もよろしくお願いします。
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「群馬の逆襲」で著名な作家の木部克彦さんから
7年ぶりに本格的な取材を受けました。

「7年前と今で、一番違うことは何ですか?」

答えは、微笑庵の理念に共感して
一緒に働いてくれる仲間に恵まれたことです。
(上記写真に写っている社員、7年前は一人もいませんでした)

では、微笑庵の理念とは何でしょうか?



kyouzan
私は和菓子のことが好きで好きで仕方がなくて飛び込んだわけではありません。
小3の春、偶然のご縁で和菓子屋の一人息子になりました。

大学4年になっても自分が和菓子で人の役に立てるとは到底思えませんでした。
「どんなお店だったら働いてみたいか」
何十軒もの和菓子店を訪ね歩く中で、
頼み込んで弟子にしていただいたのが菓匠京山さんです。

バブル経済に湧いていた当時、
たくさんの和菓子屋さんが和菓子工場的な雰囲気だったのに対し、
京山さんは「手仕事」。
全国からお弟子さんが集まり、
尊敬する師匠のもと、凛とした厳しさと熱気に包まれていました。

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まるで江戸時代の粋な職人仕事が、現代に息づいているようでした。
大がかりな製菓機械がなくても、
冷凍設備や便利な保存料がなくても、
私たちの先人は飛び切り旨い菓子を作り、
飛ぶように売っていました。

上記図絵のように、
日持ちのしない餅やまんじゅうをこの勢いで作ったら、
飛ぶように売るしかありません。
だって、餅も饅頭も固くなりますから。

そんな先人の粋な仕事ぶりに心からの敬意を払い、
「早起き」「手仕事」の和菓子を「上質に」提供する。

それが私たちが考える「和菓子ルネッサンス」です。
(行動指針「和菓子ルネッサンス宣言」はこちらをクリック)


ここからは半分妄想です。
先人の職人仕事をスタバ的に上質に提供したい!
和菓子をもっとヤバくしたい!
毎年、新人採用の説明会で私は繰り返し叫んでいます。

「ちごもち」がヒットして
毎日行列いただくほどの人気になっています。
このご恩を、なんとか故郷にお返ししたい。

手仕事の職人文化を未来へ‼

私たちはその懸け橋になりたい。
布袋寅泰さんの「8ビートのシルエット」を何度も聞きながら
命ある限り、この挑戦を続けてゆくつもりです。

「至宝」未来へ!

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私の和菓子の師匠、菓匠京山・佐々木勝先生。
昭和20年生まれ72才。現役和菓子職人。
常に業界の脚光を浴びる存在ではありましたが、ここ数年の活躍には目を見張るものがあります。
製菓製パン1000号
「製菓製パン」1000号表紙を謹製

テレビ朝日「ごはんジャパン」には3回も出演。
ごはんジャパン 栗 佐々木勝2
茨城の栗を和菓子に
https://www.youtube.com/watch?v=HLQ_UZWiNjE

ごはんジャパン 黒糖 佐々木勝
奄美大島の黒糖を和菓子に
https://www.youtube.com/watch?v=Bp48qRQgWoM

ごはんジャパン 丹波大納言 佐々木勝
京都の丹波大納言を和菓子に
https://www.youtube.com/watch?v=ZnCAtNq_z40

師匠からの手紙
師匠からのお便りには、これは「チャレンジ」だと書かれています。

佐々木勝
師匠は弟子のことを「うちの子」と呼びます。
まさに、私たちは息子のように育てて頂きました。
食事は奥様のまかないでした。

様々なチャレンジにはメッセージが込められています。
「もしあなたが私と同じことを求められたら、どのようにするのかを常に考えなさい」
師匠の背中がいつも以上に大きく見えました。

拈華微笑

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拈華微笑
微笑庵を「びしょうあん」ではなく「みしょうあん」と読むのは、
「拈華微笑」(ねんげみしょう)という禅宗の逸話に由来しているからです。

微笑庵ホームページの店名由来に逸話の解説があります。
「霊鷲山」で・・・
と文章は始まるのですが、
名付け親の大木紀元先生から、初めて聞いた時は驚きました。 

拈華微笑という言葉は知らなかったのに、
「霊鷲山」には行ったことがあったのです!
インドでわしも
椎名誠さんの本が大好きで、
初めての海外旅行にインドを選んだ19歳の春。
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ちょうど「フォーリー」という春祭りの真っ最中で、
街で観光していると色水を浴び、
電車で移動中に、チャイ売りにチャイを浴びせられ、
バスで移動中に、聖牛さまのフンを浴びせられ、
予約した飛行機に乗れず、
2時間のフライトがタクシーで9時間もかかりました。
たった2週間のインド旅行は驚きの連続でした。

9時間のタクシーに同乗したのは、
当時インド料理の修業中で、
今ではマンダラ2ndオーナーの吉田さん夫妻。

趣味がサーフィンの吉田さんは、
サーフィンのために海外旅行に行くことが至福の楽しみでした。
「ところで宮澤くんの趣味は?」
「スキーです」
「もったいない!海外旅行はインドじゃなくて雪山でしょ‼」

その一言がきっかけで、
学生の身分を顧みず、憧れのスキーリゾートを目指すことになるのです。
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スイス・ツェルマットにて。

親友のナベちゃんとカナダのスキーリゾートを滑りまくり、
バンクーバーで最後の夜。
ガイドブック推薦のお寿司屋さんへ。

回転寿司が今ほど一般的ではなかった当時、
鮨は高根の花の非日常的な食事でした。

その時の感動的な美味しさが忘れられず、
学生最後の1年は、
絶対に鮨屋でバイトをすると心に決めて学生課へ。
そこに、ちょうど濃紺の作務衣を着た旦那さんが求人票を貼っていました。
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高崎を代表する鮨店「徳鮨」さん。
「啓ちゃん、和菓子やじゃなくてウチで修業すればいいのに。」
と言われる程、本当に可愛がって頂きました。
賄いが感動的に美味しくて、食べるのがもったいない程でした。

それから20年以上たったある日。
「この書はウチにあるより啓ちゃんのお店の方が相応しいと思うから」
と、旦那さんと奥様から頂戴したのが拈華微笑の書です。

群馬県書道協会会長も務めた小板橋東崖先生の揮毫。
徳鮨の高橋夫妻の仲人でもあり、大切な家宝でもあったと思います。

『拈華微笑』 ~以心伝心 心から心に伝わる~


 みやざわ製菓時代、
お客様に私達の菓子作りに対する姿勢・技術・志が中々伝わらず、
悪戦苦闘している中で、大木先生から頂いた 経営理念。

その言葉を胸に精進を続ける中で、
20年以上前にお世話になり、
今でも我が子のように可愛がって頂いている恩師から頂いた書。

これは、私個人の宝というだけでなく、
「微笑庵」の理念に共感して集まってくれたすべてのスタッフの宝だと思います。

今も、これからも、この理念の世界観を菓子に託すような、
質の高い仕事と菓子で、故郷の皆様に貢献できるよう努力を続けて参ります。
 引き続きのご愛顧をよろしくお願い致します。 

和菓子ルネッサンス宣言

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2013年(平成25年)初めての寄稿です。
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禅宗の逸話「拈華微笑」(ねんげみしょう:以心伝心の意)より、
『心から心に伝わり、召し上がった方に単に美味しいを超える幸せをお届けする』
菓匠、御菓子司を目指し、微笑庵は2002年11月に生まれました。

昨年は10周年ということで、
様々なイベントを企画、実施しました。
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10年の歩みは、

師である大木紀元先生の手により本となりました。
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ご縁に導かれ、ニュージーランドとの国交60周年を記念するイベントで、

和菓子のデモやワークショップの講師をさせて頂きました。
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今年から新しい10年、次の10年のスタートです。

新しい10年の大切な目標のひとつは「人材の育成」です。

自身の研鑚にとどまらず、
理念に共感していただける仲間を増やしたい!

共に学び、共に働き、共に悩み、共に成長を目指そう。
和菓子を通して感動を提供できると信じ、
毎日繰り返す単調な仕事の中に新しさや喜びを見出し、
もっとよくなると信じ、改善を重ねよう。

今はこの街の郊外で営む零細家業にすぎない。
だから素晴らしい条件とか環境など提供できない。
できることはただ一つ。
高い志を掲げて、そこに向かって一心不乱に駆け上がるだけ。

今では理想が高すぎて単なるホラにしか聴こえないかもしれない。
誰一人信じなかったとしても、
私自身はきっと達成できると信じ、
きっと達成してみせると心に誓っている言葉がある。

『和菓子ルネッサンス宣言』

微笑庵の店名の由来とコンセプトは、
師、大木紀元先生から頂いたものです。

しかし、どうしても自分の言葉で自分の進むべき指針を、
カンパニー・スピリッツを書きたくて2010年に書いたものです。

この文章は親友の郁司くんと1か月以上かけて練り上げたものです。
今は亡き郁司くんに恥じない生き方をするためにも、
ここに再び掲げ、次の10年の道標とします。

微笑庵10周年

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禅宗の逸話「拈華微笑」(以心伝心の意)から、
説明不要、心から心に伝わる上質な和菓子を通して、
お客様に至福の微笑みをお届けしたい、
という決意で2002年(平成14年)11月、微笑庵は生まれました。
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平成14年11月1日の写真

まず既存商品のブラッシュ・アップ、リ・デザインを行い、
それらをプロカメラマンの手で撮影頂き、
フルカラーの栞とHPが完成しました。

カラーの栞、HP、ともに
「みやざわ」時代にはなかったものです。

しかし、作ってみて初めて強烈な違和感に気づくのです。
「これが本当に自分が提供したかった菓子なのか?」
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既存商品をブラッシュアップすることで、
お客様に喜んで頂けると思っていました。

でも実際にやってみたところ…
物足りません。何かしっくりきません。

分不相応なほどのスタッフにご協力いただいてできたHP。
TOPには羊羹の画像。
商品ラインナップには日持ちの良いギフトの数々。
何かが違う!と思いました。
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2003年に制作した最初のホームページTOP画面

『毎月たった一品しか作れなかったとしたら、
 私たちはどんなお菓子を作るだろう?
 どんなお菓子だったら感動していただけるだろう?』

そんな想いから生まれたのが毎月一品の通販頒布企画
『歳時菓』でした。
微笑庵として再スタートをして5年目のことです。
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入魂の十二品を選定。
撮影のために十二品を一日がかりで作り、
撮影自体も丸一日かかりました。
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お菓子をのせる器も五年間かけて学びながら買い揃えたものでした。
輪島塗の大家、角偉三郎さんのへぎ板は、
ギャラリー店主愛用の私物をお借りしたものです。

青木さんのスタジオで、
徹夜仕事で作った自分の和菓子達が次々に撮影されてゆきます。
絶妙にライティングされて浮かび上がる和菓子たちを見て、
思わず涙があふれそうなほど感動しました。
これは本当に自分が作ったのか?

不器用で和菓子の世界で人のお役にたてる自信はまったくありませんでした。
実際に名匠といわれる佐々木勝先生に弟子入りしたものの、
師匠の技の凄さに圧倒され、コンプレックスを抱えたまま帰郷しました。

「和菓子の魅力はあんの美味しさであり、
 あんにこだわりぬくことで故郷の皆様のお役にたちたい」
と、ひたすらあんこと格闘するものの、顧客感動を実感できない日々…

そんな私をたくさんの方が応援して下さいました。
いちばん自信のなかった時期に一番応援してくれたのは妻でした。

修行したわけでもない憧れの菓匠が弟子同様に可愛がってくれました。

素敵なディスプレイを次々に生み出す先生にも心からの応援を頂きました。

尊敬するギャラリー店主と温泉を共にしながら夢を語り明かしました。

雲の上の人と思っていた大木紀元先生と出会いました。

歳時菓から始まった四季の移ろいを感じる和菓子。
より良い素材で、より美味しく、より鮮度良く、より上質なデザインで。

「後世に残したいほど価値ある和菓子」しか作らない。
厳選に厳選を重ねる作業はまだ続いています。

そして和菓子の魅力を伝える活動はお店の中だけに留まりません。
「和菓子ライブ」
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和菓子作りを見て頂く、体験していただくことで、
和菓子や日本文化の魅力をさらに体感して頂きたいと始めました。

六年前から口コミのみでお引き受けしている和菓子ライブ、
今年は海外からご招待を受けています。

微笑庵の十年の足跡は大木紀元先生の著書の中でご紹介いただきました。
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和菓子作りへの情熱を次の世代にも伝えられたらと、
初めて弟子を育てようと考えています。

こうして十年を迎えられたこと、
お客様、取引先様、そしてスタッフ、すべての方に心からの感謝を申し上げます。

より深い感動を創造できる菓匠を目指して、
引き続き努力と改善を重ねる所存です。
よろしくお願いいたします。

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